甲状腺癌の記録

甲状腺(乳頭癌)の治療のため、
しばらく自治医科大学さいたま医療センターに入院しておりました。

6月13日(月) 入院
6月14日(火) 手術(AM8時30分~PM12時頃まで)
     手術終了直後、いろんな管を付けられ、酸素マスクをして
     出てきた私の姿を見て、家族は本当に大丈夫なのか?と心配したそうです。
     麻酔が切れ、意識が戻ると私の周りには家族がいてくれ、声をかけようとするが、
     声が全く出ませんでした。その現実を知った途端、涙が出てきました。
     そして、傷口の痛みを感じ、呼吸も苦しく、とても辛い瞬間でした。
     (死んでしまった方が楽になるのだろうか?とほんの少し思ってしまいました)

     母が私の手を握りながら、一生懸命励ましてくれ、少し元気が出てきました。
     旦那が手を握ってくれ、私はしっかりしなくちゃ!と思いました。
     そして息子の頭をなで、小さな手を握った瞬間、絶対に生きなくてはならないと
     強く誓いました。子どもの小さな手から、大きなパワーをもらいました。

     術後だけは本当に辛かったです。全身麻酔の後遺症なのか?
     夕方頃には、強烈な肩こりと首筋の痛みに悩まされ、気分が悪く
     吐き気がして苦しかったです。プリンぺランという吐き気止めの点滴を
     していただいたおかげで、吐き気は止まり、少しだけ眠りに付くことが
     できましたが、夜9時以降は、ほとんど眠れずそれがまた辛かったです。

6月15日(水) 声が出た!!
かすれ声ですが、声が出るようになりました。すぐに実家のジジババに電話をし、
     旦那は仕事中なのでメールをし、息子が学校から帰ってくる頃を見計らって 
     自宅に電話をすると、息子が
     「お母さん、声が出たね、よかったぁ~、あ~、よかったよぉぉぉ~」と
     電話の向こうで泣いていました。私もそれにつられて泣いてしまいました。
     主治医の蓬原先生も「声出たじゃない!!」と安心された様子。
     私はその瞬間、先生に「助けていただき心から感謝しております」と伝えると
     「大げさだなぁ~」と笑っていました。

~6月21日(火)退院までの様子
  首の痛みがあるので、最初は電子ベッドの上げ下げの
リモコンを利用しながらではないと、横になることが
    できなかったし、起き上がることもできなかったのですが、
    だんだんとコツを覚えたり、傷口の痛みも日に日に
    良くなっていったので、今はもう大丈夫です。
    また入院中はとにかく、1日でも早く元気になりたいが一心で、
    出されたごはんはすべて完食しました。
    飲み込む時の喉のつかえる感じも、術後すぐはわりとありましたので、
    飲み込むのに時間がかかりました。
    今も喉につかえる感じが残っていますが、だいぶ慣れたので、
    これも時間が解決してくれるでしょう。

    さて、今回の病気は今年2月にやった健康診断の内科検診で
    指摘され発覚いたしました。
    喉のしこりはかれこれ2年前くらいからあったので、
    ずうっと喉に爆弾を抱えていたということになります。
    甲状腺のしこりは、最初は良性が多いらしいのですが、
    長い時間放置しておくと、それがやがて悪性に変わり、
    さらに放っておくと、未分化癌と言って、
    生存率がかなり低い恐ろしい癌と変わっていくみたいです。
    ですから、今回は治る範囲にとどまってくれて本当にラッキーでした。

    術後の体力は落ちてしまいましたが、このタイミングで甲状腺を
    全摘出して良かったと思っております。
    今、37歳なので、少なくともあと40年は生きたいですね~。
    生きれるかなぁ~!?
    現在の体力では正直自信がありませんが、いつまでも元気に生きられるよう
    これからも努力をしていきたいと思っています。
 
    長い文章になってしまい、見苦しい点をお許しください。
    かなり抜粋したのですが、自分自身の記録としても残していきたいので、
    気づいた点は書かせていただきました。

    今回のことで、ご心配をおかけした皆様、
    私はもう大丈夫ですので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。